2016年11月13日日曜日

福島原発事故が起きて4年経過した2015年03月06日から03月10日の「阿智胡地亭の非日乗」の記事 その1

2015年03月10日(火)
<被災地のいま>原発事故/損賠打ち切る動き表面化、河北新報
2015年03月09日月曜日

 東京電力福島第1原発事故で、東電が2月27日までに支払った賠償金は総額約4兆7125億円に達し、岩手、宮城、福島の被災3県の2015年度当初予算案の合計額を上回る。

 賠償項目は避難に伴う慰謝料や住宅賠償など。個人のほか、企業や行政経費が増えた自治体が対象となり、東電は必要額を約5兆4124億円と見込む。

 原状回復が進まない中で賠償を打ち切る動きが目立つ。東電はことし2月末、避難で失業した人の所得を補償する就労不能損害賠償を廃止した。

国と東電は昨年12月、避難区域の商工業者に対する営業損害賠償を2016年2月で打ち切るとする素案を示したが、事業者側が反発。東電は素案を撤回し、3月中にも新たな方針を示すことにした。

 昨年4月に田村市都路地区東部、同10月に川内村東部の避難指示が解除された。解除後1年で両地域の住民に対する慰謝料1人月10万円の支払いが終了する。

 賠償は文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が示した指針に基づく。直接請求で折り合わなければ、原子力損害賠償紛争解決センターに裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てられる。

2月27日現在、1万5118件の申し立てがあり、1万259件(67.8%)で全面的な和解が成立している。

 地域住民による集団ADRの申し立てがことしに入ってからも続いている。ただ、センターが示す和解案には法的拘束力がなく、浪江町民約1万5000人が参加するADRなど一部で東電が和解案の受諾を拒んだ。

2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4394/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

70年前の今日午前0時8分、米軍東京大空襲開始。第1弾投下は深川地区
いまから70年前(昭和20年)の3月9日から10日未明に米空軍が都民10万人以上を焼殺した。

東京大空襲(とうきょう だいくうしゅう)は、第二次世界大戦末期にアメリカ軍により行われた、東京に対する焼夷弾を用いた大規模爆撃の総称。

東京は、1944年(昭和19年)11月14日以降に106回の空襲を受けたが、特に1945年(昭和20年)3月10日、4月13日、4月15日、5月24日未明、5月25日-26日の5回は大規模だった。

その中でも「東京大空襲」と言った場合、死者数が10万人以上と著しく多い1945年3月10日の空襲を指すことが多い[1]。都市部が標的となったため、民間人に大きな被害を与えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3月10日の空襲[編集]

警防団と思われる焼け焦げた遺体の山。死者・行方不明者は8万人、民間の調査では10万人以上といわれている。(石川光陽撮影)

母子と思われる二つの遺体。子供を背負って逃げていたらしく、母親の背中が焦げていない(石川光陽撮影)


鎮火後の街の風景(石川光陽撮影)

ミーティングハウス2号作戦と呼ばれた3月10日の大空襲は、高度1600–2200メートル程度の超低高度・夜間・焼夷弾攻撃という新戦術が本格的に導入された初めての空襲だった。

その目的は、木造家屋が多数密集する下町の市街地を、そこに散在する町工場もろとも焼き払うことにあった。

この攻撃についてアメリカ軍は、日本の中小企業が軍需産業の生産拠点となっているためと理由付けしていた。アメリカ軍の参加部隊は第73、第313、第314の三個航空団で、325機ものB-29爆撃機が出撃した。

アメリカ軍が東京大空襲の実施を3月10日に選んだ理由は、延焼効果の高い風の強い日と気象予報されたためである[5]。3月10日が日本の陸軍記念日であることに因むという説も有力だが、アメリカ側の資料で確認されているわけではない[要出典]。

3月9日夜、アメリカ軍編隊が首都圏上空に飛来した。日本軍もその行動を探知し、日本標準時9日22時30分にはラジオ放送を中断、警戒警報を発令した。

ところが、アメリカ軍機が従来の空襲とは異なった航路を採ったことから、日本軍は敵機が房総半島沖に退去したものと誤認し、警戒警報を解除してしまった[6]。

これにより生じた隙を突くように、3月10日に日付が変わった直後の0時7分、爆撃が開始された。325機の出撃機のうち279機が第一目標の東京市街地への爆撃に成功し[6]、0時7分に

第一目標 - 深川区(現在の江東区)
第二目標 - 本所区(現在の墨田区)
第三目標 - 浅草区(現在の台東区)
第四目標 - 日本橋区(現在の中央区)

へ初弾が投下されたのを皮切りに、城東区(現在の江東区)にも爆撃が開始された。0時20分には芝区(現在の港区)に対する爆撃も開始された。一部では爆撃と並行して機銃掃射も行われた[7]。

爆撃による火災の煙は高度1万5000メートルの成層圏にまで達し、秒速100メートル以上という竜巻並みの暴風が吹き荒れ、さながら火山の大噴火を彷彿とさせた。

午前2時37分にはアメリカ軍機の退去により空襲警報は解除されたが、想像を絶する大規模な火災は消火作業も満足に行われなかったため10日の夜まで続いた。

東京大空襲の爆撃のために各B-29には通常の約2倍の搭載量である6トンもの高性能焼夷弾が搭載されていた。ほぼ全ての機関銃および弾薬を爆弾投下機の多くから降ろしてまで、焼夷弾の搭載量が優先されたのである。

その背景には、その時点で日本には貧弱な防空能力しか残されていないことが見抜かれていたことが挙げられる。この空襲での爆弾の制御投下弾量は38万1300発、1783トンにものぼった。

・・・・・・・・・・・・・
被害規模[編集]


犠牲者の遺体を調べる警察官
当時の警視庁の調査での被害数は以下の通り。

死亡:8万3793人

負傷者:4万918人

被災者:100万8005人

被災家屋:26万8358戸

なお人的被害の実数はこれよりも多い。

上記の被害数の死者数は、早期に遺体が引き取られた者を含んでおらず、またそれ以外にも行方不明者が数万人規模で存在するためである。


民間団体や新聞社の調査では死亡・行方不明者は10万人以上と言われており、単独の空襲による犠牲者数は世界史上最大である。

全文はこちら。(Wikipedia)

本土空襲の指揮を取っていたカーチス・E・ルメイ将軍は、明かに非戦闘員を狙ったとする批判に対して、戦後の回想記のなかで次の様に述べている。

「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか…。」

カーチス・E・ルメイ将軍は、グアム島在米爆撃隊司令として、広島・長崎に投下された原子爆弾にも深く係っていた。

昭和39年、日本政府は「日本の航空自衛隊の育成に協力した」との理由から、カーチス・E・ルメイ将軍に対して勲一等旭日大綬章を贈っている。

時の総理大臣は、後にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作だった。

 政府にカーチス・E・ルメイ将軍への叙勲を強く押したのは源田実参議院議員だと言われている。理由は彼がアメリカ政府から受けた勲章のお返しのためだと・・。

源田 実(1904年(明治37年)8月16日~1989年(平成元年)8月15日)は、元日本海軍軍人。最終階級は海軍大佐。広島県山県郡出身。従三位勲二等旭日重光章。

航空参謀。戦後は空将・航空幕僚長、参議院議員等を務める。

勲一等旭日大綬章は天皇陛下が直接本人に渡す勲章なのだが、天皇がルメイ将軍に面接した記録はない。
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| ほんの前にあったこと / アメリカとの関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4368/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

石川光陽  東京大空襲 凄惨な現場を写し、GHQから守りぬいた男
The Huffington Post 2014年03月10日 18時00分 JST

3月10日、太平洋戦争中の1945年にアメリカ軍から大規模な爆撃を受けた、いわゆる東京大空襲から69年を迎える。東京は複数回、爆撃を受けているが、3月10日は一晩で死者が10万人以上を数えている。

故石川光陽氏は当時警視庁に所属し、東京大空襲の惨状を現場で撮影した。当時、一般人の写真の撮影は禁じられており、石川氏の写真は、現場を今に伝える貴重な資料となった。

戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、石川氏にネガの提出を求めるが石川氏は拒否。

ネガの代わりにプリントを提出することで追求を逃れる一方、ネガを自宅の庭に埋めて守り抜いた。


石川さん撮影の写真の一部はこちら

その中の一枚。
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / ほんの前にあったこと |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/621/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

東京大空襲70年、記憶は風化していくのか、東洋経済
2015年03月08日3月10日未明、334機のB29が襲った

ロイターの動画は、サイパンの飛行場で、兵士が爆弾に「ONLY THE BIGINNING」と書き込む場面から始まる。

1945年の3月9日夜から10日未明に掛けて東京の下町は、334機のB29による空襲を受けた。このとき投下された爆弾は1665トン以上に及ぶ。それから今年はちょうど70年の節目だ。

下町の住民は空から降って来る焼夷弾から逃れようとしたが、この爆弾は日本の伝統的な木と紙でできた家を次々に焼いていった。そのため、たとえ爆弾から逃れることができたとしても、その後の巨大火災によって命を落とした。

東京大空襲は、たった一晩で10万もの命を奪った。

日本において第2次世界大戦の犠牲は、広島と長崎、そして戦争における兵士たちにフォーカスを当てられることが多い。しかし、この東京大空襲の犠牲者は長崎における犠牲者7万人よりも多い。

犠牲者のほとんどが民間人だった


現代の多くの日本人は、東京の4分の1を焦土としたこの東京大空襲について聞いたことはあっても、そこで住民がどのような経験をしたか、どのように死んでいったかについて詳しく知っている人はほとんどいない。この空襲における犠牲者のほとんどが民間人だった。

当時のことを知る人は、すでに高齢だ。小説家、早乙女勝元さん(82)は次のように危機感を語る。「戦争にもしなったら、過去の戦争でもそうなんですけれども、その時民間人はどうなるのか、女性や子供たちはどんな犠牲を強いられたのかということをきちんと今、語り継いで行くことが、これからの戦争への道にブレーキになるのではないでしょうか」。

空襲により重い障害を背負うことになった戸田成正さん(84)は次のように言う。「火を全身に浴びたということで、そのときの看護婦の話だと顔が倍くらいに膨れていたということですからね。神風が、また危ない時には助けてくれる、とそういう風にわれわれも信じていたからね。ところが神風どころじゃない、もう日本はめちゃくちゃにやられているんだから」。

東京大空襲・戦災資料センターを訪れたムコウヤマタカコさん(46)は、「これは本当に繰り返しちゃいけない、そうどこかで肝に銘じておかないと、これから先、忘れちゃった人たちが、また同じことをするのではないか、繰り返すのではないか、という危機感もあります」と語った。

東京大空襲、身元不明の死者2万人
yahooニュース 3月10日(火)5時1分配信

 無数の焼夷(しょうい)弾による猛火の夜が明けると、焦土と化した下町が姿を現した。路上には焼死体が折り重なり、川面には女性や子の遺体が浮かぶ。約10万もの犠牲者は、身元確認も不十分なまま、公園や寺院に「仮埋葬」された。東京大空襲から、10日で70年――。

■「忘れたら死者うかばれない」

 東京スカイツリー(東京都墨田区押上1丁目)の展望台。東京空襲犠牲者遺族会の星野弘会長(84)は9日、350メートル下の北十間(きたじゅっけん)川に視線をおとした。70年前、遺体を収容した場所だ。

 「あの川です。20歳ぐらいの母親の髪を、1歳ほどの女の子が両手でつかんで離さない。目を開け、まるで生きているようだった」

 東京大空襲では一晩で約10万人が亡くなったとされる。都は空襲による死者数を約2万人と予想。一方、都の火葬場の能力は1日500体に過ぎず、棺(ひつぎ)は1万人分しかなかった。

身元を確かめた上での火葬は不可能で、埋葬場所も足りず、公園や寺院が仮の埋葬地となった。軍や警察に加え、受刑者や星野さんのような少年もかり出された。

動画は引用元にあります。
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / ほんの前にあったこと / アメリカとの関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4386/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

日本が未来永劫「戦後」であるために、BLOGOS
<戦闘機のカメラに記録された70年目の空襲映像>佐藤浩市が願う「日本が未来永劫戦後であるために」

一部引用・・

『私の街も戦場だった』は、ナビゲーターの佐藤浩市さんが「戦後70年の節目に、日本が未来永劫、“戦後”であって欲しい」という思いを込めてできあがった番組である。

放送日の3月9日は、奇しくも東京大空襲の前日。

1945年3月10日の大空襲で死者数は10万人、罹災者は100万人を超えた、東京は灰燼に帰した。B-29爆撃機から、無差別に焼夷弾を投下されたのである。

空爆によって制空権を確保し、その後に地上部隊を投入する、イラク戦争も同じ。今も変わらぬアメリカ軍の戦術である。

我々はこの大空襲を歴史として認識しているが、実は、東京のような大都市以外も空爆の被害に遭った街があった。

その数は、現在、米国が保存する映像と照らし合わせて特定された場所だけで139カ所。

東北大震災にも見舞われた釜石、メルトダウンした福島第一原子力発電所のある双葉街、大熊町、隣接する浪江町。千葉県鴨川市。大分県宇佐市。宮崎県都城市、日南市、串間市。鹿児島県鹿児島市、薩摩川内市、枕崎市。等々。

これらの街を襲った映像は米軍戦闘機P-51に取り付けられたガンカメラによってほとんどがカラーで収録されていた。

ガンカメラとは機銃の引き金を引くと同時に回り出して、映像を記録する特殊カメラである。番組ではこの映像を現在の映像と重ね合わせて見ていただく。

戦闘機P-51が、機銃掃射によって狙ったのは軍事施設だけではなかった。特に狙われたのが鉄道である。あらゆる物資輸送を不可能にするのが狙いである。

その列車には当然民間人も乗っていた。戦争で民間人だけを撃たないことは、建前だけでああって、不可能である。

最大の惨劇となったのは八王子を走る中央線である。その列車に乗って長野に疎開しようとしていた10代の姉妹、姉と妹、生と死の運命を分けたものは何だったのか。

番組は、この中央線を撃ったパイロットを特定した。

全文を読む
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / ほんの前にあったこと / アメリカとの関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4389/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

努力した人が報われて大臣になったらしい世襲内閣
仮に「努力した人が報われる社会」の実現みたいなことを訴えている内閣があったのだとして、

その内閣に占める世襲閣僚の割合が5割を超えている場合、「努力」というのは、いったいどういう意味の言葉なのだろうか。

               内田樹
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 今日の一言 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4384/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

世界によって自分がかえられないようにするために行動する
古賀茂明 3月7日
応援に感謝します。

私の友人の言葉:「微力だけどゼロではない」

ガンジーの言葉:「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。

そうしたことをするのは、世界をかえるためではなく、世界によって自分がかえられないようにするためである」

どちらも大切な言葉です。
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 今日の一言 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4382/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

経産省が封印したがった「再生可能エネルギーの導入見込み量の推計」,ハフポスト
2015年03月08日 16時57分 JST SOLAR

河野太郎氏は自民党の中にいながらもとても良い活動をしてくれていますが、今回の働きには本当に関心しました。経産省の圧力により公表が控えられていた、環境省による「再生可能エネルギーの導入見込量・効果影響の推計」というドキュメントの公開をしてくれたのです。

原発・火力発電から再生可能エネルギーへのシフトに関しては、経産省が「現実味がない」「日本経済に悪影響を与える」と否定的な立場を崩していませんが、この資料を見る限り、非常に現実的であるどころか、「二酸化炭素排出量の大幅削減」「エネルギー自給率100%」の達成への一番の近道にすら思えます。

ファイルは28MBの重さなので、結論だけ知りたい人のために、重要な数字を含むページのみを貼り付けておきます。

まず最も重要なのは、稼働率も含めた発電量の見積もりです。低中高の三つのシナリオで書かれていますが、中のシナリオだと、2030年で28%、2050年で55%を再生可能エネルギーだけで賄うことが「現実的」だとしています(年間需要を 10,000億kWh と仮定した場合)。今後、省エネと少子化で需要が減れば、この率はもっと高くなります。

続きを読む
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 気になるネット情報から |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4388/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

メルケル首相「日本もドイツのように脱原発すべき」 、ハフポスト
7年ぶりの訪日前にメッセージ
The Huffington Post2015年03月08日 20時39分 JST MERKEL

3月9日から7年ぶりに訪日するドイツのメルケル首相が、同国が進めている脱原発政策について「日本も同じ道を進むべきだ」とビデオメッセージで述べ、エネルギー政策の転換を呼びかけた。

ドイツ政府が7日、福島県出身の井上茂義博士(ベルリン工科大学)と対話するメルケル首相の映像を公式サイトに掲載した。この中で、メルケル首相は「ドイツは原子力から撤退するという決定をし、再生可能エネルギーに期待している。日本も同じ道を取るべきで、日独で協力していけるはずだ」などと話した。井上博士との詳しいやり取りは以下の通り。

■「安全性が最も重要だ」

井上博士:日本と福島のことについて聞きたいと思います。あなたもご存じのように、2011年の震災で、私の故郷の福島県は大きな被害を受けました。津波や原発事故が起きたことで、不幸なことに日本のイメージは悪化しました。イメージを回復するにはどうすればいいと思いますか?

メルケル首相:はい、この恐ろしい事故に私たちは同情しました。そして、ドイツはより早く原子力から撤退するという大きな決定をしました。私たちは再生可能エネルギーに、とても期待しています。私は日本も同じ道を取るべきだと思っています。より良い方向に向かうことだからです。私たちドイツと、日本は協力していけるはずです。

再生可能エネルギーの発展について話しましょう。もちろん、私たちにはいわゆる「ベースロード電源」が必要です。日本も他の島国と同様に資源の問題を抱えています。

それゆえに、日本とドイツは原子力に関しては全く同じようにはできないかもしれません。しかし、福島の事故の経験から言えることは、安全性が最も重要だということです。

私は福島の事故を経験したドイツの首相として、できるだけ早く原子力から撤退することを提唱します。

引用元
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 / 世界各国 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4387/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

「人間の復興」なき阪神・淡路大震災の教訓(上)、DOL
――池田清・神戸松蔭女子学院大学教授
池田清 【第2回】 2015年3月9日

阪神淡路大震災の教訓は
東日本の復興に生かされているか


 阪神淡路大震災における復興の教訓は、東日本大震災の復興に生かされているだろうか――。東日本大震災から4年目を迎える今、筆者は改めてこうした思いを強めている。

 第3回国連防災世界会議が、2015年3月14日から18日にかけて、東日本大震災の被災地である仙台市で開催される。世界の防災戦略を議論する本体会議には、国連に加盟する世界193ヵ国から、各国首脳・閣僚を含む政府代表団、国際機関、認定NGOなど5000人以上、全体で約4万人以上の参加が予定されている。

 国連防災世界会議は、国連主催の国際的な防災戦略について議論する会議であり、第1回(1994年、横浜市で開催)、第2回(2005年、神戸市で開催)の会議とも日本で開催されている。第1回会議では、持続可能な経済成長は、災害に強い社会の構築と事前の準備による被害軽減なくして達成できないこと、また人命、財産を守り被害を軽減するためには、地球規模の防災体制確立に向けた取り組みが必要との認識を示した。

 第2回会議では、「兵庫県神戸市が、阪神・淡路大震災から目覚ましい復興を遂げた」との認識のもと、2005年から2015年までの国際的な防災の取組指針である「兵庫行動枠組」が策定された。

 内閣府によれば、第3回会議の意義は、第1に、第2回防災会議で策定された防災と緊急対応を中心とする国際的な行動計画「兵庫行動枠組」に、兵庫県が阪神・淡路大震災後に掲げた、原状回復ではなく将来的により豊かな社会の実現を目指す「創造的復興」を付け加え、新たな国際防災の枠組みを決めること、第2に、東日本大震災からの復興の発信及び被災地の振興、第3に、幾多の災害から日本が得た教訓、防災技術・ノウハウなどを発信すること(注1)だという。

 筆者がこの第3回国連防災世界会議について感じる問題点は、次の2点である。第1点は、未曽有の被害を出していまだ収束していない福島原発事故の経験と教訓を、世界各国の防災に生かすという肝心なことが、明確に位置づけられていないことだ。確かに、原発事故と放射能汚染の問題は、市民や大学などが主催する分科会で取り上げられているが、新たな国際防災の枠組みを決めるメインテーマにはなっていない。

「広辞苑」によれば、災害とは、異常な自然現象や人為的原因によって人間の社会生活や人命の受ける被害である。『国会事故調「報告書」』(2012年6月)も、この事故の背景に、歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があったと述べている。

 さらに福島原発事故の根本的原因は、高度経済成長に伴う「自信」と「おごり、慢心」、そして「単線路線のエリート」たちにとって前例を踏襲すること、組織の利益を守ることが重要な使命であったことにある。この「使命」は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けず安全対策は先送りされたのであった。

(注1)『神戸新聞』2015年1月18日、内閣府「防災情報のページ」第3回国連防災世界会議 - 内閣府、国連防災世界会議「兵庫宣言」2005年1月21日。

次のページ>> 阪神淡路大震災後に唱えられた「創造的復興」の理念と目的
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4390/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

駐日ブラジル大使が曽野綾子氏に反論、ニッケイ(日系)新聞
日系社会ニュース
曽野綾子氏に在京大使反論=日本移民は文化残して統合=駐日ブラジル大使=アンドレー・コヘイア・ド・ラーゴ(Andre Correa do Lago)

2015年3月7日

 曽野綾子氏が2月11日付け産経新聞に掲載した「労働力不足と移民」をテーマにしたコラムを発表し、移民導入を肯定する論調の中で、南ア首都にある白人用マンションが人種差別廃止以来、黒人が済み始めどんどん一族を呼び寄せて一区画に20、30人住みだし、使いすぎて水が出なくなり白人が逃げだした事例を挙げて、《人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住区だけは別にした方がいい》と締め、《適度な距離を保って受け入れを》と論じた。

 これに対し、「アパルトヘイト(人種隔離)擁護する発言か」と批判を浴びた。それを受けてジャパンタイムス紙が同月20日付けで、曽根氏の真意を取材し、《自分の意図は、異なる人種の人々に「本人の選択による住み分け」を勧めることだった》と説明した。

 具体例として《ペルーの首都リマなど南米の都市では、日系人専用の移住地(dedicated colonies for Japanese)がある。そこでは、日本語や日本文化が損なわれずに残っている。

日本にもブラジル移民のコミュニティがあり、これらの共同体はほぼ自然に湧いて出たものだが、いずれも隔離はされていない。人々は、そこに住みたいと思うから住んでいるのであって、出るも入るも本人の自由である。私は、本人の選択による住み分けは、何ら悪いことだとは思わない》という意味の自説を話した部分がある。

 それに対しアンドレー・コヘイア・ド・ラーゴ在京ブラジル大使が右のような英字反論文をジャパンタイムス同月25日付けで発表した。今回掲載したのは、その日本語訳。

ブラジル人、日本人と人種融合の成果=2月25日付ジャパン・タイムス紙に掲載(訳文)

 在日外国人コミュニティーへの支援に日常的に取り組んでいる我々にとって、去る2月11日に曽野綾子氏が産経新聞に掲載したコラムに関する論争は傍観できない問題である。

 モハウ・ペコ駐日南アフリカ共和国大使が同紙に宛てた書簡は、一見して人畜無害な文言である「分離」の名の下に、甚だしい人権侵害が過去に於いて正当化され、書き表されていた事実に警鐘を鳴らす。幸いなことに、二十一世紀の世の中ではその様な行為の余地はない。

 2月20日付のジャパン・タイムス紙は、曽野氏が問題となった最初の記事の趣旨を説明する試みを掲載する。その中で同氏は南アメリカに於ける日系移住者専用の植民地について言及している。同氏はまた、日本国内に「ブラジル人移住者用のコミュニティーが存在」し、彼等は自ら進んでそこに居住していると述べている。

これはブラジルに住む日系人にとっても、日本に居住するブラジル人にとっても事実の歪曲だと言える。

 一世紀以上も前に日本人がブラジルに移住し始めてから、彼等はより恵まれた環境を求めて特定の都市または地域に向かう傾向を見せた。
 ブラジルに渡った日本人移住者は全国に散り、ブラジルの文化を身に付け、現地の人と結婚して子孫をなした。

要するに彼等は祖先の文化を放棄することなくブラジル社会に溶け込んだのである。日本を含む海外各国から移り住んで来た人々は、外国人が各々の祖国の文化遺産を保ちつつも完全なブラジル人となり得る、真の意味での多文化国家としてのブラジルを築き上げる事業に貢献したのである。

 現在、150万人を上回る数の日系人がブラジル社会の良き市民として暮らす。彼等は完全なブラジル人であると同時に日本のルーツに誇りを抱く。日本人移住者は当初、農業の働き手としてブラジルに渡った。努力とブラジル社会への溶け込みと通じて、子孫である日系ブラジル人たちは今ではエンジニア、芸術家、医師、公務員、実業家として各分野で活躍するに至った。

 ブラジルで最も権威のある名門サンパウロ大学で、日系人の若者達が学生総数の12%を占める。社会として、ブラジルは国内に住む全ての人々をより良く迎え入れることに努めている。この様な努力は国家の政策にも影響を及ぼしており、その一例として人種平等政策推進局が進める重要な一連の取り組みが挙げられる。

 一方では約17万人のブラジル人が現在、日本国内に居住する。その大部分が日系人であり、「自ら進んで隔離して住む」わけではない。ブラジルが日本人移住者に提供したのと同様の機会と度量を求めて彼等は来日したのである。

 大部分が就労を認める査証を得て来日し、何年か働いてからブラジルに帰国することを夢見ていた。しかし年月が過ぎるにつれて多くの人々が日本と深い絆を結び、家庭を築き、事業を始めた。

 幾多の困難にもかかわらず、これ等の在日ブラジル人たちは日本の社会に尊敬の念を抱きつつ当地に溶け込もうと努めている。日本の社会と隔てる壁を設けることなく、むしろ同化し、貢献することを追い求めている。

 ブラジル人たちが日本の社会に同化し、溶け込めるように多くの関係者が尽力している。東京、名古屋、各浜松の総領事館だけではなく日本側の政府、地方自治体、一般社会、企業等々の参加が見られる。

 これ等の取り組みに何等かの形で加わっている全ての人々が認識する一つの明白な事実がある。日本は、当地に在住するブラジル人の才能、文化、努力を上手く取り込んで活用する絶好の機会に恵まれている。日本が「分離」を主張する意見を退け、自らの未来をより強くより豊かにし得るこの様な好機を活かすであろうと期待し、且つ確信する次第である。

引用元
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4392/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

【3.11から4年】除染作業員不足 解決の見通し立たず、福島民報
福島県内では、浜通りの復旧工事や復興事業の本格化に伴い、除染を担う作業員不足に陥っている。国内では2020年の東京五輪に向けて、施設建設が相次ぐ見通しで、今後も除染作業に人を割ける見通しは立たない。

■南相馬市が国に手当支給要求

 一方、南相馬市などでは、国が直轄で除染する「除染特別地域」の作業員の賃金に比べ、市が国の財政支援を受けて除染する「汚染状況重点調査地域」が低いという「格差」が生じている。調査地域では除染作業員を確保するため、国に対し手当の支給を求めている市町村もある。

2015/03/08 00:34
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4391/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

県が「辺野古」監視へ 職員常時、独自に情報収集、琉球新報
2015年3月10日

 県は9日、米軍普天間飛行場の移設計画に伴い沖縄防衛局が名護市辺野古沖で進めている海上作業の現状などを独自に調査、把握するため、今後職員を現地に常時派遣する方針を決めた。

部局横断的な組織である「辺野古移設問題連絡調整会議」を9日開き、確認した。

 職員の常時派遣は、翁長雄志知事らによる同日の三役会議を経て決定した。「マスコミ情報頼みではなく、独自に情報を収集し事実関係を確認する必要がある」(浦崎唯昭副知事)として、同調整会議に詳細な検討を指示した。

10日に知事公室の職員が現地を視察した上で、海上作業などの確認・監視態勢などを決める。今後は同調整会議を構成する知事公室や農林水産部、環境部など関係各課の交代で派遣させる方向だ。

 辺野古沖では、県の中断要請にもかかわらず防衛局が海底ボーリング調査の再開に向けた作業を継続している。作業に抗議する市民らと警備に当たる海上保安庁職員との衝突でけが人なども出ている。

 県は防衛局の大型コンクリートブロック投入によるサンゴ損傷に対し、県の岩礁破砕許可の範囲の逸脱がなかったかについても調査しており、海上作業の進捗(しんちょく)を詳細に把握し、今後の対応にも生かしたい考えだ。(清水柚里)
2015年3月10日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 沖縄と基地 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4395/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

2015年03月09日(月)
ええじゃないか音頭 

2013年8月15日フェスティバルFUKUSHIMA!「納涼!盆踊り」のために制­作されたオリジナル盆踊り「ええじゃないか音頭」の振付ビデオです。作曲者の大友良英の
文化の役目について:震災と福島の人災を受けて
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4370/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

柴静/『穹頂之下』 中国のPM2.5問題ドキュメンタリー【日本語字幕】

中国政府が国内で遮断した動画こちら

中国の大気汚染ドキュメンタリーが大ヒット、1日で再生1.5億回
2015年03月03日 13:57 発信地:北京/中国

【3月3日 AFP】中国で深刻化する大気汚染問題を詳細に伝えるドキュメンタリー映画が、インターネット上で公開されてから1日で1億5500万回以上も視聴される社会現象となっている。国営メディアが2日、伝えた。

 この映画は、国営中国中央テレビ(CCTV)のニュースキャスターだった柴静(Chai Jing)氏が自主制作した「穹頂之下(Under the Dome)」。環球時報(Global Times)によると、全編103分の映画は先週末、国内のウェブサイトに投稿され、1日後には再生回数が1億5500万回を超えた。

 映画では、かつて深刻な公害に悩まされていた2大都市、英ロンドン(London)と米ロサンゼルス(Los Angeles)の市当局幹部にインタビューし、汚染問題に取り組んだ経験も聞いている。

 柴静氏は、自分の娘に先天性の良性腫瘍があったことがきっかけとなって、大気汚染に対する自らの挑戦として映画を作ったと、環球時報に語った。

 ネットでの映画公開後、中国では適切な時期に効果的な対策を怠った政府に対する批判の嵐が巻き起こっている。数日前に任命されたばかりの陳吉寧(Chen Jining)環境保護相は「穹頂之下」全編を視聴した感想として「大気汚染改善のための個々の努力が促される映画だ」と述べた。

 一方、ネットユーザーたちは柴静氏への熱烈な支持を示している。(c)AFP
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 中韓との関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4371/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

新しい人権としての「ノー・ニュークス権」、メーカー訴訟へ
原発ある未来選ぶ? 「ノー・ニュークス権」、メーカー訴訟で確立目指す
カナロコ by 神奈川新聞 3月8日(日)13時29分配信

 新しい人権として、原子力の恐怖から免れて生きる権利「ノー・ニュークス権」の確立を司法の場で目指す動きがある。安全性が不安視される原子力発電所の存在が、憲法の保障する社会的生存権、幸福追求権を侵害しているとして発想された権利だ。東京電力福島第1原発事故から迎える4度目のこの春。県内にも反響が広がっている。

 ノー・ニュークス権が訴状に明記され、法廷で初となる議論が想定されているのが、2014年1月に提訴された「原発メーカー訴訟」。国内外の4千人超の市民らが、福島の原発事故で受けた精神的慰謝料として1人100円を求め、原発メーカー3社を東京地裁に訴えた。5月にも第1回口頭弁論が開かれる見込みだ。

 原発事故の責任は電力会社が一手に負い、本来責任を負うべきメーカーは免責とされてきた。原子力損害賠償法(原賠法)が規定する責任集中制度によるもので、被害者保護と原子力産業育成の両立を図る目的からだ。原告側は「メーカーに対する賠償請求が否定されていることが財産権、平等権、裁判を受ける権利を侵害し、違憲であり無効」と争う考えだ。

 ノー・ニュークス権の提唱者で原告側弁護団長の島昭宏弁護士(52)は「原賠法によってメーカーが社会的な批判や賠償を免れていることこそが、安全性を最優先することを妨げてきたのではないか。福島の事故後も技術輸出を図ろうとするなど、原子力産業の無秩序な肥大化も容認してきた」と厳しく指摘する。

 ひとたび事故が起きると、地元住民は強制避難・移住を余儀なくされ、財産権や居住・営業の自由といった数々の人権が損なわれる。島弁護士は「さらに」と立ち止まる。

 「福島の原発事故で明らかになったが、原発は安全性が完全には確保されていない。事故の有無でなく、日ごろからそうした環境で生活を強いられること自体が、また人権を損ねているのだと問いたい」

 不安に駆られることなく安全な生活を送れることを「人が人としてふさわしく生きていくための最も重要な根幹」と考える。国外にも原告参加を求めたのは、憲法前文の「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」との一節も踏まえてのことだ。

 現行憲法には明記されていないが、プライバシー権など判例で固まっている新しい人権は存在する。島弁護士は「裁判を通じ、ノー・ニュークス権の存在が認められれば成果は非常に大きい。その人権を根拠に、原発被災者の支援拡充や原発再稼働差し止めを求めるのに生かされる」と話す。

 裁判の勝敗にかかわらず、ノー・ニュークス権への関心を集めることが、原発社会への再考を促す新たな判断材料になると信じる。「原発のある未来か、そうでない未来か。考えを深めてもらう機会にしたい」と島弁護士は言う。

◆ 原発メーカーの責任を問うこうした動きに対し、メーカー側は「国の立法、政策に係る事項であり、コメントする立場にない。法令に従い対応する」「原賠法は、原因にかかわらず電力事業者への責任集中を定め、万一の事故の場合に市民に対して適切で迅速な補償が行われるための制度と認識している」などと説明。

あるメーカーは「今回の事故を検証した複数の調査機関は、いずれも今回のアクシデントは津波と津波による海水ポンプの機能停止および全電源喪失によるものと結論づけており、原子炉の設計が問題とはしていない」とコメントした。

 ◆憲法上の生存権と幸福追求権 生存権については25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とする。幸福追求権は13条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定した。

◇◆◇県内で広がる共感

 「原発はいいもんだぜ。ウラン数グラムで石油何千リットル分ものエネルギーを生む。資源のない日本には最高だよ」。関西電力美浜発電所の炉心設計にあたった兄がかつて漏らした。

 「当時はむしろ賛同していた」と語るのは、今訴訟原告の男性(67)=南足柄市。自身も大学院で原子炉の研究に明け暮れた。「憧れの技術だった」

 考えを変えたのは福島第1原発事故の後だ。多くの人のふるさと、住まい、職を奪った。被ばくの脅威。漏れ出した放射性物質の除去の困難さ。南足柄でも名産品の茶葉からセシウムが検出され混乱が生じた。「原子力発電で得る効果を上回る費用、犠牲が生じた。今後も完全な被害回復は難しいはず」

 ノー・ニュークス権を知った時、原発のリスクを語るのに最適な説明に思えた。「事故が起きるまで目を向けず、知ろうとしなかった責任として、賛同を通じて声を上げねばと思った。絶対に安全だと言えない原発に依存した社会には限界がある、と」

 同じく原告に名を連ねる介護施設アルバイトの女性(43)=海老名市。事故後、脱原発関連のデモや集会に参加するようになった。「どうしたら原発をなくしていけるか、もっと知りたいと思った」からだ。

 しかし、そうした場で得た情報や思いを共有する難しさにも直面した。かつて派遣社員として働いた都内の会社では「オフィスの前を脱原発デモが通るから手でも振って応援して」と何げなく周囲に呼び掛けたことが問題視された。

 「会社から『営業妨害だ』と叱責(しっせき)された。再び同じことをしない旨の書類に署名まで求められた。原発の安全性に多くの人が疑問を感じているのに、話題にすることすらタブー視された」

 原発輸出に向けた動きも出ていた2013年秋、ノー・ニュークス権を知る。「原発反対と唱えるだけでは仕方ない。訴訟を通じ、権利としてあるものと広く伝えられれば共感を広げられる。それが脱原発社会への一歩だし、福島の事故への反省にもなる」

 原告弁護団に県内から加わる岩永和大弁護士(36)=川崎パシフィック法律事務所=は、川崎市内に暮らす震災避難者の相談を受けてきた。ノー・ニュークス権を主張する意義をこう説明する。

 「今後に判例が積み重なる契機になるかもしれないし、さらにもっといい別のアイデアが出てくるかもしれない。すぐに大きな成果に結びつかなくても、これからを変える布石をみんなで打ちませんか、ということでもあるのです」
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4372/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

日本ではおなごはしゃしゃりでんでええねん!
女性議員の割合 日本は先進国で最低水準
3月7日 20時33分  NHKNEWSweb

世界各国の議会で女性議員が占める割合をまとめた調査で、日本は113位となり、先進国の中で依然として最低水準にとどまっています。

この調査は、スイスのジュネーブに本部があり各国の議員交流を進めているIPU=列国議会同盟が、ことし1月1日現在で、国レベルの議会
において女性議員が占める割合をまとめたものです。

それによりますと、調査対象とした190か国の女性議員の割合は平均で22.4%で、最も高かったのはアフリカのルワンダで63.8%となっています。

一方、日本の衆議院は9.5%で113位となり、去年の同じ時期の127位より順位は上がりましたが、先進国の中では依然として最低水準にとどまっています。

ほかの国をみますと、北欧の国々は全体的に女性議員の割合が高く、スウェーデンやフィンランドがいずれも40%を超えて6位と8位に入ったほか、中国が23.6%で53位、アメリカは19.3%で72位、韓国が16.3%で84位となっています。

IPUによりますと、女性議員の割合は過去20年でおよそ2倍に増えましたが、男女の割合を近づける動きは遅いと主張し、各国に足並みをそろえて女性議員をさらに増やすよう呼びかけています。
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
| 新聞・テレビのネットサイトから / 日本社会の今 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4373/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

戦争において、国家は必ず国民に嘘を付く、東洋経済
後半部分引用・・

ヒトラーの演説にも平和が宣言されていた

そもそも、書名にある10の法則とは、古典的名著『戦時の嘘』の著者、アーサー・ポンソンビーが戦争プロパガンダの基本的なメカニズムについて論じた際に提示した10項目の法則のことである。

本書は、1法則1章の章立てで構成されている。たとえば、最初の章の法則は「われわれは戦争をしたくない」。

戦時国家はまず、自分たちは平和を愛しているということを宣言するという。ヒトラーの演説にも「平和への意志」が度々登場するそうだ。

第2章は「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」。これを双方が主張すると、第三者からみれば明らかに矛盾した形になる。

お互いに敵側を悪者に仕立てあげるわけだが、国家や民族全体を悪者として仕立てるのは難しい。敵に顔(具体性)を持たせるのが、第3章「敵の指導者は悪魔のような人間だ」である。たとえば第1次世界大戦前のイギリスでは、ドイツ皇帝のことを完璧なジェントルマンとして紹介されていたにもかかわらず、開戦後は異常者、殺人犯、人殺しと罵ったそうである。

第1章から第3章までの流れを要約してご紹介したが、本書では、次の章とのつながりを意識して各章の最終パラグラフがつづられている。だから、読みやすい。しかも、それぞれの法則を裏付ける根拠となる歴史的事実は、著者の豊富な知識の中から最適なものを選んでいると感じさせる。そのひとつが、第1次世界大戦前に流布した「手を切断されたベルギー人の子供たち」の話である。

この話は、ベルギー難民の窮状とドイツ軍の残虐さを訴えるプロパガンダとして、成功をおさめ、政治的に大きな影響力をもった。だが戦後、根拠のないものであることがわかり、つくり話であると断定されている。また最近では、クウェート侵攻を制裁するに当たり、米国が広告会社を使い「保育器を盗もうとしたイラク兵が、なかにいた未熟児を放り出した」というつくり話を作って、世論を誘導したことがわかっているそうだ。

近代の戦争の火種となっているものの多くは、産業的、商業的な競争であることは誰の目にも明らかだろう。しかし、たとえば第1次世界大戦の連合国側が公表した戦争の目的は、「軍国主義の拡大阻止」「小国の保護」「民主主義の確立」の3つであるという。言うまでもないことだが、われわれはこうした大義名分に隠された欲望を見逃してはならない。

近頃、宗教と政治、政治と経済、宗教と経済……など、相互の関連性に言及した本が非常に多く刊行されている。そして、それを考えるうえで最も必要なのは、歴史に関する幅広い教養だと私は感じている。著者は、ブリュッセル自由大学で教鞭を振るう歴史批評学教授なのだそうだ。歴史批評学の視点で、世論を特定方向へ誘導するからくりを体系的に分析しているのだから、その切れ味は格別である。

思わぬ罠にかからないために

ただ、先ほども説明したように、本書は読みやすい構成で事例が豊富なため、ゆっくりした気持ちで向かえば、さほど知識がなくても意義深い読書ができるように書かれている。

だからむしろ、私のようにメディアに踊らされがちな人に、読んでもらうとよいのかもしれない。冒頭の章に書いてある本書の目的を読めば、解決困難な問題に白黒をつけようという敷居の高い本ではないことがわかる。

個々の発言意図を探るつもりはない。誰が真実を語り、誰が嘘をついているか、誰が善人で、誰が悪人かつきとめようというわけでもない。ただ、あらゆる戦争に共通するプロパガンダの法則を解明し、そのメカニズムを示すことが本書の目的である。

本書を読んだ後でニュースや新聞の情報にふれると、「ああ、これもポンソンビーの指摘していたあれではないか」と感じるようになるだろう。おそらくそれで、本書の目的は果たされている。というより薄手の文庫本を読んで、そこまでメディアリテラシーが高まるのなら言うことはないではないか。

最近は、戦争に限らず、ビジネスの世界でもプロパガンダという言葉が使われるようになった。思わぬところに罠が仕掛けられているかもしれない。美談や正論の影に、醜い欲望が潜んでいないかどうか、しっかり見極めていきたいものだ。

全文を読む
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 政治と政治家(政治屋) / アメリカとの関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4377/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

30年以内に県外移設のいい加減さで原発を稼働する勢力が力を増す日本。

3月8日付神戸新聞から引用。画像クリックで拡大。
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4381/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

報道事業の長としての識見がなく、歴史に無知なNHK現会長
NHK会長:「河野談話、国方針でない」1月審議会で発言
毎日新聞 2015年03月06日 07時30分

 NHKの籾井(もみい)勝人会長が1月9日に開かれた国際放送番組審議会で、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた1993年の河野洋平官房長官談話について「国の方針ではない」と発言していたことが5日分かった。

 NHK関係者によると、籾井会長が国際放送の自主基準「国際番組基準」の一部を引用し、「日本政府の方針を正確に伝えなさいと書いてあるが、はっきりした方針は意外とない」と述べた。その一例として慰安婦問題を挙げ、「安倍(晋三)首相が安倍談話(戦後70年談話)を出せばこれは国の政策だが、河野談話はそうではない」と発言したという。

 河野談話について2007年に閣議決定した政府の答弁書は「閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承している」。安倍首相も「歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」としている。

 5日の衆院総務委員会で高井崇志氏(維新の党)がこの発言を取り上げた。籾井会長は「(2月18日の)民主党部門会議で、河野談話は『今は有効だ』と肯定した。ここで何を言おうが、もはや関係ない」と述べた。審議会の発言について否定はしなかった。審議会の議事概要は近く公表されるが、2月13日に委員に配布された文案では、籾井会長の河野談話についての発言は省略されていたという。【望月麻紀、須藤唯哉】
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 新聞・テレビのネットサイトから / 政治と政治家(政治屋) |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4369/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

誰もどうしようもなくなった福島第一の放射能汚染水
画像クリックで拡大。

3月8日付神戸新聞朝刊から引用。
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4380/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

黒い噂に染められた笹川良一の実像とは?、東洋経済

巨大財団を率いる一族の神話
中村 陽子 :東洋経済 編集局記者 2015年03月07日

 圧倒的な差別の中を生きた早世のハンセン病作家や部落解放の父など、社会的弱者を描いてきた作家が次に選んだのは、世界最大級の資金力を誇る財団トップだった。『宿命の子 笹川一族の神話』(小学館)を書いた髙山文彦氏に聞いた。

──日本財団の笹川陽平会長と最初に会った目的は、やはりハンセン病制圧活動に関してですか?

そうですね。世界中、アフリカの奥地まで足を運んで活動しておられることは知ってました。そこまで旅を続けるっていうのはそうそうできることじゃない。何かを自分に課して活動してる印象がありました。その情熱とはどういうものなのかと。

──妾(めかけ)の三男に生まれ認知もされず生活は貧窮。ようやく父・笹川良一と同居しても、徹底して下男扱い。小説を地で行く少年時代ですね。

陽平さんは「私なんかちっとも面白くないよ。女の話一つなし、バクチの仕事はしてるけど自分は全然しないし株券1枚持ってない。面白いとすれば、まあ妾の子だってことくらい」と。そこで、包み隠さず話してください、と言ったわけ。彼はそれに正面から応えたんですよ。

特異な親子関係が不可欠に

──陽平氏の内面を探っていくうちに、特異な親子関係が不可欠な要素になるわけですが、書くに当たって条件はなかったんですか?

高山文彦(たかやま・ふみひこ)●1958年宮崎県高千穂町生まれ。99年『火花 北条民雄の生涯』で第31回大宅壮一ノンフィクション賞と第22回講談社ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に『「少年A」14歳の肖像』『鬼降る森』『水平記 松本治一郎と部落解放運動の一〇〇年』『エレクトラ 中上健次の生涯』『父を葬る』など。

何一つなし。でも彼はたぶん、父から受け継いだハンセン病制圧活動に絞ってほしかったんじゃないかな。だけど僕は笹川良一の真実を知りたくなったし、全部書きたいと。

ボートレース創始者で財団創設者である良一という人は、ゴロツキ政商だA級戦犯容疑だ右翼のドンだ、右手でテラ銭稼いで左手で施す金銭欲名誉欲の塊だといった、黒い神話に染め上げられた人でした。

実際僕も“洗脳”されてた側で、最初は「広報係にはならんぞ」という意気込みでした。確かに彼の周りには有象無象、各界大物が群がったんです。ヤツはカネを持ってるぞと。でも彼が死んだとき、そのうわさは引っ繰り返された。遺産15億円とか報道されたけど、陽平さんに残されたのは80億円の借金だけだった。

──「戦後最大の被差別者は笹川良一」と陽平氏は表現しています。

良一はむしろ軍部支配政権に牙をむき、翼賛選挙を批判し、朝鮮人差別撤廃要求や言論統制反対、戦後はマッカーサーへ意見書を出す、衆議院議員総辞職を呼びかけるなど、まっとうな持論で活動した。旧戦犯とその家族・遺族を援助し、後にハンセン病患者の支援に力を注ぎました。

なのに、ここまでダークなイメージがしみ付いたのは、元軍人やジャーナリズム、知識人の人身御供にされたから。彼らの密告や証言はほとんどが根も葉もないデマ。戦時中は軍に協力してあおりまくり、戦後知らん顔を決め込むために、誰かを血祭りに上げる必要があったんでしょう。その生け贄が笹川良一だった。

──そんな父を「引き取られた当初から尊敬していた」と言い、晩節を絶対汚させない、と陽平氏は心に誓う。冷酷だった父への葛藤のようなものはいっさい描かれていません。

実際そういう葛藤はなかったんです。16歳で物心ついて初めて会ったとき、息子に対し、元気だったかも何も言わない。良一は巣鴨プリズン時代にボートレースの集金システムを考えて、カネは生涯慈善にささげると、そう決めたんでしょ。女にはめっぽう弱いし、バカなこともいろいろやるけど、虚心の人だった。奉仕をしていくために私心を捨てた。

陽平さんにとっては、父親という存在が父親じゃないんですね。人生の大きな師であって、自分が私有できる人ではない。でも父であることに違いはない。良一に最後まで傷をつけたくなかった。どうしてそんなふうに思えたのか。子供時代の苦労を、彼は苦労とも思ってないのよ。当たり前なことだと思ってる。

次ページ⇒凡人には理解できない
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / こんなことあんなこと |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4379/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

「テレビでもネットでも」が普通になった英テレビ界 、ハフポスト

ー公共のための放送という概念、

小林恭子 在英ジャーナリスト、メディア・アナリスト

2015年03月07日 10時39分 JST

日本でも、公共放送NHKばかりか大手民放による見逃し番組視聴サービスが近頃、本格化の兆しを見せている。

英国では、2007年末頃から各局が競うようにオンデマンド・サービスに乗り出した。主要放送局のこうしたサービスはほとんどが無料で提供されており、ネットを使える状態にある人に広く開かれた視聴方法の1つとなっている。

本稿では、英国放送協会(BBC)が提供するオンデマンド・サービス「BBC iPlayer(アイプレイヤー)」を中心に、テレビコンテンツのネット視聴の現状を紹介した後、昨年の英テレビ界のいくつかの動きに注目したい。

「公共のための放送」という強い概念

改めて、英国の放送業界の仕組みを若干説明しよう。回り道のようだが、オンデマンド・サービスの普及に深く関係してくるからだ。

1920年代前半創業のBBCが英国の最初の放送局であったことは良く知られているが、このとき、BBCを公共放送としたことが後々まで英国の放送業に影響を及ぼした。「放送=公益のため」という大前提ができたのである。現在は4大主要放送局(BBCのほかには民放ITV,チャンネル4、チャンネル5)がすべて「Public Service Broadcasting (PSB=公共サービス放送)」の枠に入る。

視聴者が選択しやすいチャンネルの番号(例えばITVは「3」、チャンネル4は「4」、チャンネル5は「5」)を利用できる代わりに、番組ジャンルの規定、ニュース報道での不偏性、外部制作の比率など、さまざまな規制をかけられている。広告収入で運営されている、いわゆる商業放送であってもPSBの1つになるのが英国の放送業の特色だろう。

「規制」の監督組織は通称「オフコム」(Office of Communications、情報通信庁)である。ネット時代の新たな通信法によって成立したオフコムが規制・監督の対象とするのは通信インフラ、ネット、放送、郵便だ。放送局もBTなどの回線業者も、ネット企業もすべて同じ傘の中に入る。「放送と通信の融合」を如実に示すのがこのオフコム体制だ。

ネットに近付いていった放送業

放送業がネット上にもいわば「店を出す」動きを最も明確に実行したのがBBCだろう。

新聞界が自社のウェブサイトを作り出すのが1990年代の半ばだが、BBCはこの頃、インターネットへの進出を局の方針として掲げるようになった。具体的には、1990年代末からニュースサイトの設置・拡充に取り組んだ。分かりやすい英語で書かれ、動画がついたBBCのニュースサイトは世界中からアクセスされ、英国の大手紙のウェブサイトをニュースの掲載スピードや量、質の面でしのぐレベルに成長してゆく。

2004年、BBCの経営陣トップに就任したマーク・トンプソン会長が進めたのが、視聴者一人ひとりが好きなときに好きな番組を視聴できる「アイプレイヤー」オンデマンド・サービスの開始だった。

当時、将来、テレビはどうなるのか、ネットに食われてしまうのかなど、テレビの未来について様々な議論が発生していた。インターネット時代、視聴者は情報にいつでもアクセスできる。「いつでも、どこでも、好きなときに」-ネットの特色を織り込んだ、新たなテレビ視聴の方法としてオンデマンド・サービスが捉えられた。

2005年、動画投稿サイト「ユーチューブ」が登場した。各局はユーチューブやネット専業動画サービスの存在を意識せざるを得なくなった。

プロトタイプのアイプレイヤーが試験的に出たのが2005年秋である。その後、改良を重ねているうちに、2006年末、チャンネル4が「フォー・オンデマンド」サービスを開始。BBCは遅れて2007年12月のクリスマスシーズンにアイプレイヤーを本格展開した。これを機に、英国のテレビ局のオンデマンド・サービスが一気に広がった。

前後して、ITVも何度か改良を加えながら同様の「ITVプレイヤー」を、チャンネル5も見逃し視聴サービス「デマンド・ファイブ」を開始した。主要テレビ局のオンデマンド・サービスが出揃った。日本で言うと、東京の主要キー局全てがオンデマンドを提供している状態である。

この数局のほかに、「ペイテレビ(有料契約のテレビ)としてほぼ市場を独占しているのが衛星放送のBスカイBがオンデマンド・サービス「スカイ・ゴー」を提供する。主要テレビ局のサービスは無料だが、スカイの場合はBスカイBとの契約が必要となる。

続きを読む
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / メディア・ジャーナリズム |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4378/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

警官が非武装の黒人少年を射殺 ウィスコンシン州で抗議デモ、CNN
2015.03.08 Sun posted at 12:17 JST

(CNN) 米ウィスコンシン州マディソン市内のアパートで6日、19歳の男性が警官に射殺され、現場周辺などで抗議デモが起きた。男性は当時武器を持っていなかったことが、7日に明らかになった。

地元警察責任者は住民らの不信感に繰り返し理解を示しつつ、「これははっきりさせておかなければならない。かれは武装していなかった」と発表した。

死亡したのはアフリカ系(黒人)のトニー・ロビンソンさん。6日夜、アパートで騒ぎが起きているとの通報を受けて駆け付けた白人警官が、ロビンソンさんに襲われたため発砲したとされる。

ロビンソンさんは搬送先の病院で死亡した。警官は頭を殴られて病院で手当てを受け、有給の休職処分を言い渡されたという。当局が事実関係を調べている。

警官は12年の経験があり、2007年にも勤務中に男性を撃って死亡させたが、落ち度はなかったと判定されていた。

現場アパートの周辺にはこの夜、数十人が集まって抗議し、市庁舎まで行進するなど、7日早朝までデモを展開。参加者らは「だれも信じられない」「黒人の命も大事だ」などとスローガンを叫んだ。インターネット上にも抗議の書き込みが相次いだ。

デモは7日夜も続くことが予想され、当局が自制を呼び掛けている。米国では昨年、白人警官が黒人市民を死亡させる事件が続発。各地でデモや暴動が発生している。
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / アメリカとの関係 / こんなことあんなこと |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4376/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

ベネッセもマック化?前のめりの原田流経営、東洋経済
早くも社内から不協和音が聞こえ始めた
猪澤 顕明 :ニュース編集部 記者 2015年03月07日

「マクドナルドは“ピープル・ビジネス”、常に人材を礎としビジネス基盤を強固にしてきたことで成長してきたものと確信しております」。

3月25日付で日本マクドナルドの取締役会長を退く原田泳幸氏は、2月20日の退任発表に際して、このようなコメントを寄せた。

2004年以来、11年間籍を置いたマクドナルドに別れを告げる原田氏。今後は、代表取締役会長兼社長を務めるベネッセホールディングスの経営に専念することになる。だが、その眼前には大きな荒波が待ち受けている。

少子化で減益基調が続く

14年7月、原田氏の社長就任直後に発覚した大規模な情報漏洩事件の影響もあり、14年度の営業利益は前期比22%減の280億円となる見込み。

それがなくても、国内の少子化が止まらぬ中で、同社の業績は10年度をピークに減益基調にある。

こうした現状を打破すべく、原田氏が掲げた事業改革の“一丁目一番地”が、国内事業変革だ。2月上旬には新年度に向けた目玉施策を立て続けに打ち出した。

次ページ⇒目玉施策に潜む問題点
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / こんなことあんなこと |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4375/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

安倍首相に献金したサラヤという会社、NOBORDER

2015年03月05日(木)【森 功】

 政治とカネ問題について、与野党ともに脛に傷があるから幕引きを図っているという報道もありますが、そう願っているのは与党だけではないでしょうか。

 表沙汰になっている問題献金の額は大したことはないけど、その裏にはもっと大きな利害関係が絡んでいると見るべきでしょう。

 安倍首相への献金企業の一つであるサラヤについて、社長が維新の党を応援する「経済人維新の会」の代表発起人であり、いわば政権と維新とのパイプ役。

 さらにここは消毒液などを製造販売しています。役所にもかなり納入しているとのこと。
2015年3月9日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 政治と政治家(政治屋) |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4374/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

2015年03月08日(日)
宮城・女川町復興を 「失敗例」神戸教訓に民間主導で、神戸新聞

まちびらきを前にしたJR女川駅新駅舎(左)付近。海に向かってプロムナードが整備される=宮城県女川町(撮影・宮路博志)

 東日本大震災による津波で被災した跡地でかさ上げ工事が進む。翼を広げたような白い屋根が目を引く。宮城県女川町が復興拠点と位置付けるJR女川駅の新駅舎は、石巻線の全線復旧とともに21日に開業する。

 世界的建築家、坂茂の設計で、温泉施設を併設する。坂は阪神・淡路大震災でも、神戸市長田区のカトリックたかとり教会に紙製パイプの仮設集会所を建てた。今後、駅から海側へ幅15メートル、長さ170メートルの「プロムナード」が整備され、商店街が復活する。

 この商店街は、被災した商店主が集まり、それぞれ店を再建する従来の復興とは違う。店舗は民間会社「女川みらい創造」が所有・運営し、店主は施設の区画を借りる。

 同社専務で夕刊紙「石巻日日新聞」社長の近江弘一(56)は「人を呼び込める店を選んでいく。平等とか公平とかは重要じゃない」と話す。27店の出店が決まっているが、震災前からの店は半分程度で、残りは新規。近江は「店舗構成は3年か5年で一新することもある。行政ではないから少々のクレームは気にしない」と強気だ。

 「公民連携」を復興まちづくりの基本路線とする女川町長須田善明(42)は「行政に商売の本当の部分は分からない。身の丈に合った規模で集客の仕掛けをつくり、戦略は民間に委ねる」と語る。

 商業復興に未来を託す女川町が意識する「失敗例」がある。「復興災害」とも指摘される新長田駅南再開発地区(神戸市長田区)の今である。

 昔ながらの商店街と木造住宅が広がる周辺とは一線を画し、大小37棟の再開発ビルが林立する新長田駅南地区(神戸市長田区)。一昨年11月、宮城県女川町の商店主ら18人が訪れた。

 地区南側の大正筋商店街。空き区画のシャッターが目につく。女川町の仮設商店街で洋服店を営む島貫洋子(58)は、閑散とした光景に心を痛めた。

 「女川も同じようになるかもしれない」

 一行は大正筋商店街振興組合理事長、伊東正和(66)を囲んだ。伊東は「ここは復興の失敗例。再開発は身の丈に合わない事業だった」と切り出した。

   ■

 神戸市は阪神・淡路大震災後2カ月で再開発を都市計画決定し、震災前を上回る商業床を整備したが、半分は売れ残る。店舗の構成や配置に戦略性は乏しく、市は空き床を埋めることに奔走した。

 事業が進み、子育て世代の新住民も流入したが、昔ながらの店舗構成では新たな需要に応えられない。店を閉じても借り手がなく、やむなく続ける店もある。

伊東は「商店街の全店が生き残ることはあり得ない。店がうまく入れ替わらないと、商業地の生命力は続かない」とみる。

 「単に『元の場所で商売がしたい』というような気持ちでは生き残れない。新たに客をつかむという攻めの気持ちがないと、商業復興は難しい」

 伊東は昨年10月にも、岩手県で開かれた情報交換会で講演した。受講者には、町長須田善明(42)ら女川町関係者の姿があった。

   ■

 女川町が新長田から得た教訓は、行政主体の商業戦略は失敗する▽店主が店を所有する商店街はやがて疲弊する▽まちの「身の丈」に合わない過大な施設は運用が難しい-などがある。

 駅から延びるプロムナード沿いには、テナント商店街のほか、物産センター、水産業体験施設が並び、いずれも民間の責任で運営される。店と施設、イベントを組み合わせ、交流人口を増やす。

 震災前、1万人だった女川町の人口は約7千人に減った。原発に財政、雇用、経済を支えられ、平成の大合併でも「独立」を守ったが、急速に進む人口減少に危機感は募る。

 被災自治体がそれぞれ復興戦略を練る中、集客力を持続するのは容易ではない。須田は「被災地が『面』として競争しつつ、連携、共闘したい」と話す。

(森本尚樹)
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4358/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

神戸市の災害便乗型復興事業の歴史的検証をやらなければ同じ失敗がまた起きる
阪神・淡路大震災20年でなすべきことは何か、それは神戸市の災害便乗型復興事業の歴史的検証だ、阪神・淡路大震災20年を迎えて(4)

一部引用・・

しかし、東日本大震災とりわけ福島原発災害の影響が今後数十年にもわたって(場合によっては世紀を超えて)続くことを考えれば、阪神・淡路大震災20年を単なる追悼の機会として捉えるだけではなく、東日本大震災の先行事例として20年にわたる復興の歩みを客観的に検証することが求められる。

20年という歴史的時間が各種復興事業の表面(タテマエ)を洗い流すことで、当初は見えなかった内部構造(本質)が否応なく露出してきているからだ。勿論、見る人の目の付け所によって見えるものは違うが、神戸市政の根幹に関わるビッグプロジェクトとしては新長田南地区再開発事業と神戸空港建設事業を外すわけには行かないだろう。

 この2大復興事業は、その事業コンセプトといい、事業規模(予算規模)といい、いずれも開発主義神戸の双璧をなす復興事業であり、またそうであるがゆえに都市経営面でも最大の失敗例となった事業でもある

しかし市当局がこれまでこれら復興事業の誤りを認めたこともなければ、本格的な検証作業を行ったことも寡聞にして知らない。

これだけ明々白々な結果が出ているというのに、いまだその事実を認めようとしないのは、福島原発災害における東京電力の傲慢な態度に匹敵するものがある。

 福島原発災害は、その災害の深刻さや長期にわたる放射能汚染への懸念もあって数々の調査検証委員会が組織された。その代表的なものは、内閣に設置された「政府事故調」、国会に設置された「国会事故調」、民間組織が立ち上げた「民間事故調」の3つである。

それぞれ設置趣旨も構成メンバーも異なるので一概には言えないが、共通する特徴は政府や国会から独立した第三者委員会であること、委員長以下各メンバーが「国民の目線に立って開かれた中立的な立場から多角的に」(政府事故調設置趣旨)原発災害の原因究明に当たったことだ。

なかでも国会事故調の黒川委員長は、「国民の、国民による、国民のための調査を行いたい。世界の中での日本の信頼を立て直したい」と述べ、何よりも国民・被災者の立場に立つ姿勢を強調した。

以降、事故調査、被害調査、政策調査と政策提言の4つの作業部会を設けて精力的に調査・検証を行い、「事故は自然災害ではなく明らかに人災」とする報告書を提出したことはつとに知られている。

新長田南地区再開発事業および神戸空港建設事業に関する調査検証は、神戸市自身が事業執行者であるだけにことさら難しい要素を含んでいる。

福島原発災害の場合は、政府(経済産業省、科学技術庁、原子力保安院など)も共同責任を負わねばならない立場にありながら東京電力(だけ)を標的にしたが、神戸市の場合は自らが決定し実行した事業であるだけにその責任を逃げることができない。

まして「市役所一家」のことだ。市当局はもとより市議会も加担しての復興事業だから、自らの手で自分の身体を解剖するようなことなどしたくないだろう。

国会事故調の黒川委員長が示したように、神戸市議会はいまこそ復興事業の「市民の、市民による、市民のための調査検証」に立ち上がるべきだ。そして政府事故調の方針にもあるように「市民の目線」に立ち、「開かれた中立的な立場」で「多角的」に復興事業の調査検証に当たる権威ある第三者委員会を組織すべきだと思う。

市議会自身が行動を起さないのであれば、市民が「復興事業の調査検証を行う第三者委員会の設置」を求める直接請求署名運動を起すことも考えられる。このまま復興事業の失敗に目をつぶり、小手先の対応を繰り返しているだけでは、巨艦商店街のゴーストタウン化と神戸空港の廃港が現実のものになってくる。

事実、新長田南地区再開発事業については先行きが全く見えない。そうでなくても地元の長田区と兵庫区の人口が回復せず(減少を続け)、しかも新長田商店街周辺では大型店の出店が相次ぎ、それぞれが「小さくなったパイ」を取り合っている有様なのだ。

こんな状況下では小手先の対応策など通用せず、事態をますます悪化させるだけだ。にもかかわらず、久元市長からのメッセージも聞こえてこなければ、担当部局からの見るべき政策提案もない。

神戸市政の劣化にともなって政策能力が著しく低下し、諦めと無力感が庁内全体に漂っているのである。


全文を読む
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4359/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

郷原弁護士は深い感慨を抱いてこの一文を草した。美濃加茂市長無罪判決を受けて。
美濃加茂市長無罪判決 ~極めて当然だが決して容易ではない司法判断~

一部引用・・

しかし、判決が近づくと、私の胸中は次第に穏やかではなくなっていった。

我々弁護人が、公判で立証し、弁論で明らかにしたことを、そのまま裁判所が認めるとすると、検察の面子は丸つぶれであり、このような事件で現職市長を起訴して有罪論告を行ったことについて、組織内外で重大な責任を問われかねない。

これまでの日本の刑事裁判における検察と裁判所の関係、とりわけ、今回のような社会的、政治的に極めて重大な影響を及ぼす事件に対する裁判所の一般的姿勢からして、本当にそのようなことができるのだろうか、結審から判決までの間に、裁判所が変節してしまう可能性はないだろうか、そのような不安が次第に大きくなっていった。

今年1月、私と元裁判官の森炎弁護士との対談本【「虚構の法治国家」(講談社)】が出版された。その中で、森氏は、刑事裁判官の「検察の言いなりになる、というより、積極的に、検察にもたれかかりたいという精神性」「根深い依存意識」を指摘し、その「検察にもたれ込む裁判所」が刑事司法の虚構の構図の中心だと、いみじくも述べている。

同書の最後の4章「美濃加茂市長事件から考える裁判所と検察」のあとの「あとがき」で、「一連の検察不祥事を経て、検察は変わったのか、戦前から長らく検察にもたれかかってきた裁判所の姿勢が、司法制度改革を機にどのように変わるのか。それらを占うためにも、美濃加茂市長事件の今後の展開に注目していただきたい。」と書いて、本を締めくくったが、森炎氏が言うように絶望的とも言える日本の刑事裁判官の一般的な姿勢の中で、名古屋地裁刑事6部だけは特別だと、本当に期待して良いのだろうか。

しかも、マスコミ等を通じて伝わってくる検察側の感触は、「判決には全く心配していない」というものだった。あれだけ、弁論で論告がコテンパンにやられているのに、それでもめげないというのは、裁判所が検察の意に反する判決を出すことはないという確たる見通しでもあるのだろうか。

そういう懸念が、いくら打ち消そうとしても、頭から離れなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回の判決は、裁判所が、弁護人が本件での贈賄供述の信用性に関して強く訴えてきたことを正面から受け止め、「意図的な虚偽供述が疑われる場合の信用性」について適切な判断を示したところに、極めて重要な意味があるのである。

それは、検察が設定した刑事事件の判断の枠組みそのものに対して判断するということであり、元裁判官の森炎氏が対談本で言うところの「検察にもたれかかる裁判所」であれば、このような判断は到底行い得なかったはずだ。

これまでの刑事裁判での裁判所の判断は、基本的に、検察官が設定した土俵の上で、検察の判断の枠組みの下で行われてきた。それが、99.9%を超える高い有罪率につながり、無実を訴える被告人にとっては絶望的な状況が続いてきた。今回の判決は、検察の土俵・枠組みの中での判断ではなく、裁判官自身の、そして世の中の常識に沿った判断枠組みの下での、公正な判断を示したものといえる。

その意味で、今回の判決は、「極めて当然だが、決して容易ではない司法判断」だった。

それを行い得る裁判体によって市長の事件が裁かれたことは、市長逮捕以来8か月余、不当な捜査・公判で大きな損失を受けてきた美濃加茂市民、市役所職員など、市長の潔白を信じて支えてきた人達にとって、最大の幸運であった。

そして、それは、日本の刑事司法に一筋の光明をもたらしたものと言えよう。

全文を読む
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 可視化・裁判所・検察・警察 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4360/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

集団的自衛権:「新事態」定義焦点 公明「もっと説明を」、毎日新聞
毎日新聞 2015年03月07日 東京朝刊

集団的自衛権の行使を可能にする安保法制のイメージ
政府は6日、安全保障法制の整備に関する与党協議会で、武力攻撃事態法などを改正し、日本と密接な他国が武力攻撃を受けた場合に集団的自衛権を行使できる「新事態」を盛り込む方針を伝えた。

昨年7月の閣議決定を受け、政府が想定する安全保障関連法案の大枠が、これですべて示されたことになる。

ただ、公明党からは新事態の定義が不明確だとして、政府に詳細な説明を求める声が出ており、集団的自衛権行使の範囲や歯止めをめぐり、なお曲折が予想される。

 自民、公明両党は関連法案の整備に向けた考え方を今月下旬に取りまとめる予定で、政府はこれを受け、具体的な条文作りに入る。

 武力攻撃事態法は、日本への武力攻撃に対処するために

▽自衛隊の防衛出動が可能となる「武力攻撃事態」

▽待機命令が出せる「武力攻撃予測事態」−−を規定している。

武力攻撃事態はさらに、(1)武力攻撃が発生した事態(2)武力攻撃が明白に切迫した事態−−に分類されている。

従来は憲法解釈上、自衛隊が武力行使できるのは、実際に武力攻撃が始まる(1)のみとされてきた。

 これに対し、政府は昨年7月の閣議決定で、憲法9条の解釈を変更した。日本が直接攻撃を受けていなくても、「密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由などの権利が根底から覆される明白な危険がある場合」などの新3要件を満たせば、「自衛の措置」としての集団的自衛権の行使が可能との方針を打ち出した。

 政府は与党協議会で、3要件を満たす「新事態」を新たに規定し、自衛隊法と武力攻撃事態法に盛り込む方針を伝えた。

武力攻撃事態とは別に「新事態」を設ける理由について「新事態と武力攻撃事態は重なることがあるが、(日本への武力攻撃があるかないかの)評価の軸が異なる」と説明した。

 政府の説明を受け開かれた公明党の会合では、「新事態で、他国で武力行使ができるとはどういう具体例を想定しているのか政府にもっと説明してほしい」などと「新事態」の明確な説明を求める声が相次いだ。

 新事態の認定に関しても「攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮」すると説明した政府答弁をそのまま法律に書き込むよう求める意見が出た

 北側一雄副代表は与党協議会で、政府が新3要件に該当する状況を「我が国が武力攻撃を受けた場合と同様の深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況」と国会で答弁したことから、「政府答弁をしっかり踏まえた法制にしていかなければならない」とけん制。

また、新3要件のうち「他に適当な手段がない」との要件を法律の条文に盛り込み、歯止めをより明確化するよう求めた。【飼手勇介、高本耕太】
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 新聞・テレビのネットサイトから / 政治と政治家(政治屋) / アメリカとの関係 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4361/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

日本の今の貧困層はかってない境遇にある
月刊誌『Voice』2015年03月07日 08:06

[日本の格差社会]どん底の貧困に救いはあるか〔1〕日本は階層社会?

- 鈴木大介(ルポライター)

2008年の大晦日に、大量の派遣切りなどで仕事と住まいを失った失業者に寝場所と食事の提供、弁護士等による各種相談サービスを提供する目的で開設された「年越し派遣村」。

東京の日比谷公園内で行なわれたこの支援活動を機に、貧困問題に関する報道が急増した。その後しばらくメディアでの扱いは減っていたが、昨年1月にNHK「クローズアップ現代『あしたが見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~』」が放送されたころから、再び貧困問題が注目を集めている。

裏社会や触法少年少女の取材を続ける鈴木大介氏が昨秋上梓した『最貧困女子』(幻冬舎新書)も話題の書だ。

「取材相手の迷惑になるといけないから」とメディアでの顔出しをいっさい禁じている骨太のルポライターに、知られざる「貧困」の実態を聞いた。

<聞き手:オバタカズユキ(フリーライター)>

マイルドヤンキーと貧困層は違う

――リーマン・ショック後のような不況期ではないのに、なにかと「貧困」が注目されています。どうしてなのでしょうか。

鈴木: 長く貧困層を取材してきた立場からいえば「何をいまさら」感が強いのですが、端的にいうと、国内で低所得者の割合が増え、貧困層も確実に拡大しているからだと思います。

厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、最低限の生活の維持に必要な収入を表す貧困線は2012年の段階で122万円、相対的貧困率(貧困線に満たない世帯員の割合)は16.1%。前回調査の09年から0.1ポイントですが上昇しています。

ただ、この調査の数字はあくまで納税者のデータから割り出したもので非常に曖昧です。実際には、納税対象にもならないわずかな稼ぎで生きている人びとが存在します。

そしてそのうちの少なからずが、女性の場合はセックスワーク(売春や性風俗産業)、男性はさまざまな「裏稼業」の世界に埋没しています。

そうした統計にもカウントされない層の実態はどうなっているのか。

ないことにされている人びとの姿を可視化したいと思い、私は裏社会に生きる彼ら彼女らを取材してきました。昔からその存在を否定され、社会が当人たちの辛さや苦しみに目を向けようとしない貧困層の問題を、皆さんに知ってもらいたいのです。

――『最貧困女子』はそうした鈴木さんの仕事をコンパクトな新書にまとめた一冊ですが、昨年は、博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平さんの『ヤンキー経済』(幻冬舎新書)もヒットし、「マイルドヤンキー」という若者たちの存在が知られました。その層と鈴木さんが追ってきた層とは重なる部分もありますか。

鈴木: いや、まったく別です。マイルドヤンキーは、強い地縁や血縁をベースとした生活で満足している低所得の若者層のこと。「お金がなくても、地元の仲間とつるんで楽しくやっていりゃいいじゃん」と語る郊外や地方の若者たちですね。

僕も取材したことがありますが、彼ら彼女らは「地元を捨てて上京したら負け」といった意識をもっています。ミニバンに乗り合わせて国道沿いのショッピングセンターやリサイクルショップに行けば、お金をかけず何でも手に入れることができる。「なのに、この経済的に逆風のなか、なんで家賃の高い東京に行かなきゃならないんだよ」となる。

興味深いのは、たとえタトゥーが入っていたりして派手な外見をしていたとしても、彼らは前の世代の不良と違って、親元から早く独立することをプライドにしていません。

20代後半、30代になっても、国民健康保険が親の扶養のままだったりして、実家に頼れる部分はずっと頼っている。その代わり、相応の収入が得られるようになったら、親にお金を返していく。「借りた金を親に返すためにも地元にいなきゃダメじゃん」と話すのです。

日本は格差社会ではなく階層社会

――格差社会という言葉だけでは捉えられない新しい価値観が生まれているようですね。

鈴木:知られざる若者の実態は次々と表出しています。でも、日本が格差社会だと私は思いません。新書を出していろいろな読者の方からリアクションをいただきながら、この国は格差社会ではなく、階層社会だったのかと実感します。

私の印象をざっくり言葉にすれば、まず上から、高所得層、プチセレブ層、中流層がいて、下に低所得層と貧困層、そのまた下にもっとも見えにくい最貧困層がいる。
各階層のあいだには厚い壁が存在し、それが互いの世界を知ることを困難にしている。私は最貧困層の実態を著しましたが、高所得層やプチセレブ層の方から「先進国の日本でそんな酷い生活をする人がいるはずがない」といわれてしまうことがあります。

セックスワークの世界でしか生きていけない女性のリアリティーが、どうしても伝わらない。「国民皆保険で、生活保護制度もあって、中学までは義務教育が保障されているこの国にいて、やむなく最貧困層に追いやられるなどありえない」と思うようですが、現実には「ありえる」のです。

――中流層以下の反応はどうですか。

鈴木:中流層と思われる読者からは、「すごい。こういう人たちがいたとは驚いた」といった感想をよくいただきます。それまで不可視だった存在を初めて知ってショックを受けるわけですが、その衝撃は原田さんの本でマイルドヤンキーを知った驚きと、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。

あまりにも自分の生活空間と違うところで生きている他者という意味で、とくに大都市部に住む中流層にとっては、最貧困層もマイルドヤンキーも「想像を超えた存在」に思えるのです

低所得層の人たちも最下層のことは見えていません。『最貧困女子』を刊行していい反応をもらえたなと思ったのが、風俗の世界でセックスワークの女の子たちを雇う側にいた男性の感想です。

「俺が現役だったころも鈴木さんの本に書いてあるような子たちはいたけど、そんなに苦しんでいるとは認識してなかった。『こいつ、ブスだし、だめでしょ』など酷い言葉を使ったりしたことを、すごく後悔してる」と。

――同じ風俗の世界で働いていても、最貧困層は理解されていないのですか。

鈴木:理解されていません。階層が違うとわかり合うことはきわめて難しいのです。

たとえ低所得でも、地縁や血縁、地域の支援があれば、貧困までの状態にはなりません。年越し派遣村を率いるなど反貧困活動をなさっている湯浅誠さんたちが言い続けてきたことですが、

貧乏と貧困は別物なのです。貧乏はたんに低所得であること。低所得でも家族や地域との関係性がよくて、助け合って生きていけるのならけっして不幸ではありません。

対して貧困は、家族、友人、地域などあらゆる人間関係を失い、もう立ち上がれないほど精神的に弱っている状態です。その辛さは満たされている者にはわからない。

たとえば、地縁や血縁を守ることに力を注いでいるマイルドヤンキーからすれば、「その子(貧困層)の努力が足りないからだ」と見えるでしょう。ありがちで、まったく現実とそぐわない自己責任論です。

それでも貧困層は、制度による支援の可能性が残されているだけマシともいえます。その人の貧困状態がホームレスという形で見えたなら、行政や反貧困系NPOなどの支援対象になります。あるいは伝統的に、貧困は創価学会と共産党といった一部の組織が支えようとしてきました。誰が見ても明らかな貧困に対しては、何らかの支援の手が伸びるのです。

一方、そうした支援者の視野からも外れてしまうのが最貧困層です。セックスワークや裏稼業でギリギリ生活できていて、身も心もボロボロの人たち。この層は差別の対象にされても、支援の対象にはなりにくい。理解者も現れません。

〔2〕に続く   引用元

(『Voice』215年3月号[特集:ピケティと格差社会]より)
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 日本社会の今 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4362/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

人生は暴力の連続、シングルマザーの深刻な貧困、ダイヤモンドオンライン
みわよしこ [フリーランス・ライター] 【第1回】 2015年3月6日
コメント1印刷向け表示

2015年2月21日、大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)が、シングルマザー100人を対象としたインタビュー調査の結果を報告した。

シングルマザーたちの多くは、劣悪な家庭環境で暴力を受けて生育し、結婚しても暴力被害から自由になれず、離婚すれば「自己責任で子どもを作ってシングルマザーになった」という非難に囲まれながら、必死で自らと子どもたちを支えている。「子どもの貧困」は、シングルマザーと子どもたちにこそ、最も端的かつ深刻に現れているといえる。

この大きすぎる課題に対して、一市民にできることは何もないのだろうか?

シングルマザーの「しんどい」実態
周りは誰も何もできない?



「シンングルマザーたちの人生って、もう、暴力、暴力、暴力……の連続なんです。そして、大変なことが起こり続けて、ジリジリと落ちていく方が少なからずいるんです」

 こう語るのは、徳丸ゆき子氏(大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)代表)だ。

 2015年2月21日夜、新大阪駅近くの公共施設において、2013年から2014年にかけて、CPAOがシングルマザー100人を対象として行った調査の報告会「シングルマザー100人がしんどい状況について話しました」が開催された。

 調査対象となった100人のシングルマザーたちは、主に京阪神地域に在住(一部は、東日本大震災の被災地に在住)。調査方法は、主にインタビューであったが、データ収集も行われた。

 土曜日の夕刻という好条件もあり、会場は100名の参加者の熱気であふれていた。参加者は女性が多かったけれども、20~30%程度は男性であるように見受けられた。また、TV・新聞など5社程度が取材に訪れていた。

 徳丸氏がシングルマザーたちの置かれている状況について語ったり、当事者の物語を紹介したりするたびに、会場からは深い溜め息が漏れ、参加者たちは深刻な表情を浮かべていた。

同時に、取材陣は厳粛な表情になりつつカメラを回し、写真撮影を行っていた。取材陣の一部は、もしかすると子どもの貧困にもシングルマザーの状況にも深い関心はなく、ただ業務として指示されて取材に訪れただけだったのかもしれない。

しかし人間には、「知るだけで変わる」「より深く知ることで変わる」ということがありうる。これは、大きな希望ではないだろうか? そんなことを考えながら、私もメモを取りつつ撮影を行っていた。

「この調査を始める時、暴力の調査をするつもりはなかったんです。でも、シングルマザーたち自身の人生が、とにかくもう、暴力の連続で。暴力をふるうのは、親だったり、きょうだいだったり、付き合った男であったり子どもの父親であったりするんですが、その人々もまた、幸せな子ども時代を送っておらず、暴力や虐待の犠牲者であることが珍しくないんです」(徳丸氏)

次のページ>> 風俗でも働き、力尽きて生活保護へ
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 日本社会の今 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4363/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

もんじゅ運転禁止解除「道遠い」 原子力規制委員長、東京新聞
2015年3月4日 15時20分

 原子力規制委員会は4日の定例会合で、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉もんじゅ(福井県)で起きた大量の機器点検漏れを受けて、原子力機構が提出した報告書について議論した。

もんじゅには事実上の運転禁止命令が出ているが、田中俊一委員長は「(命令解除には)まだまだ道が遠い。原子力機構には自覚を持って取り組んでほしい」と述べた。

 規制委事務局の原子力規制庁は「ミスや不適切な対応を何度も繰り返しており、再発防止策が十分行われていないのではないか」と指摘。

今後、現場での保安検査などの結果を踏まえ、報告書についての中間的なとりまとめを行い、定例会合で報告する。
(共同)
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4364/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

第111回 原子力安全問題ゼミ ―小出裕章・京大原子炉実験所助教ほか
大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所において1980年から行われている自主講座「原子力安全問題ゼミ」で、2月27日(金)14時より小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が「原子力廃絶への道程」と題し在職中最後のゼミ講演を行った。長年に渡り原発の危険性を訴えてきた小出氏は3月で定年退職を迎える。
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4365/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

原発再稼働推進派は福島に足を運び惨状を見よ、リベラル21
一部引用・・

 このツアーで私が見たものは、この日本で人の住めない地域が生成されつつあるという事実だった。

それも永遠に人が住めないのではないか、と思わせられた地域だ。福島第1原発の事故では、幾多の放射性物質が放出された。その一つ、セシウム137は半減期が30年、ストロンチウム90の半減期は29年である。

これらの放射性物質が無害となるには数十年間もかかるのだ。そんなところに人間は住めるのか。

 政府は、被災地で除染作業を行っている。今度のツアーでも、被災地のあちこちで、マスクをした白い防護服の作業員が土を黒い袋に詰め込んでいるのをみかけた。地元の人が言った。

「除染作業をしても放射能に汚染されたものが完全になくなるわけではない。移動するだけだ」

 要するに、原発事故の被災地はこれからも「人が住めない土地」でありつづけるのだ。地元の放送記者によると、原発事故で避難している人たちで元の居住地に帰りたいという人は約2割という。

いうなれば、原発事故被災地は「帰りたくても帰れない」地域となってしまったということだろう。

 こうした過酷な現実を作り出したもの、それは原発である。原発の再稼働は、こうした惨事を再び起こすリスクを伴う。 
 
 そして、ツアーを通じて痛感したことは「百聞一見に如かず」ということだ。原発事故による被災地の現状はさまざまなメディアで伝えられてきた。

が、その実態を正しく把握するには、やはり、百聞一見に如かず、である。とりわけ、原発再稼働を熱心に推進する人たちに被災地現地を訪れることをお勧めしたい。

全文を読む
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 気になるネット情報から / 東日本大震災・原子力発電所 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4366/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません

<被災地のいま>(7)風評/拭えぬ抵抗感、地元でも、河北新報
2015年03月08日日曜日

 東京電力福島第1原発事故から4年。福島県内の農家らは「足元」からの風評にも苦しんでいる。

 南相馬市原町区の増山一郎さん(68)は、リーフレタスをハウス栽培する。原発から約26キロ。事故直後は業者に敬遠され、大量廃棄に追い込まれた。今は事故前の8割まで生産量を戻したが、地元の学校給食での使用自粛が続いている。

 「放射性物質は検出されていない。どうしたら食べてもらえるのか」。もどかしさが募る。

 南相馬市の学校給食はかつて、市内産を含む県内産の食材使用率が50%を超えた。現在、市内産の採用は皆無。コメは新潟、この時期のレタスは香川など、ほぼ県外から調達している。

 背景には保護者の不安がある。市教委の昨年のアンケートで「市内産を避けてほしい」との回答が38%に上り、容認派の47%に迫った。「不安で家でも使わない。給食でも使わないでほしい」「地元農家のため活用を」との声が混在する。

 市内の給食では食材の放射性物質検査を徹底している。汚染食材が入り込む可能性は低いが、青木紀男市教育長は「地場産の採用は将来的な課題。アンケート結果を見れば慎重にならざるを得ない」と説明する。
 同じ浜通りでも対応は一様ではない。

南相馬市の北にある相馬市と新地町は、4月から学校給食に地場産米を使う。アンケートで導入に否定的だった保護者は両市町とも10%未満。原発事故の避難区域外にあり、プラントから離れていることが抵抗感を薄めているとみられる。

 地元でさえ拭い切れない風評。県外となればなおさらだ。仙台市の市場関係者は「給食食材を扱う仲買業者は、まだ福島産を避ける傾向にある」と話す。

 福島県商工会連合会は首都圏の消費者500人を対象に、県産加工品に関する意識調査を続けている。「原発事故後に買わなくなった」との回答は全体の3割を占め、この3年間大きな変化は見られない。

 連合会は「福島産に抵抗がある層が固定化しているようだ」と指摘。「原発の汚染水漏れなどが報道されるたびに、悪いイメージが喚起される」と憂う。

 生産者からは「地元で風評が収まらなければ、よその風評も消えない」との嘆きも漏れる。「足元」と「遠方」の風評。解消には想像以上に長い時間がかかるかもしれない。(南相馬支局・大場隆由)
2015年3月8日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 東日本大震災・原子力発電所 / 新聞・テレビのネットサイトから |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei2/trackback/4367/
※ブログ管理者が承認するまで表示されません



0 件のコメント:

コメントを投稿